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「学校給食・白玉団子詰まらせ死亡事故」
宇都宮地方裁判所判決について



                                  弁護士 黒岩哲彦

 学校給食の白玉団子死亡事故について、宇都宮地方裁判所は2017年2月2日に、両親の損害賠償請求を棄却する判決を言い渡しました。両親は東京高等裁判所に控訴をします。原告弁護団のコメントとお父さんのコメントです。

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「学校給食・白玉団子詰まらせ死亡事故」・宇都宮地方裁判所の判決について


原告弁護団のコメント


平成29年2月2日
    
 原告訴訟代理人弁護士 原 田 敬 三

       同        黒 岩 哲 彦 
      
       同        菅 野 朋 子 
       
       同        遠 藤 健 一
    
   同復代理人弁護士   北 川 浩 司 


 本日宇都宮地方裁判所第一民事部(裁判長吉田尚弘)は、茨城県真岡市の「白玉団子詰まらせ死亡」事故・損害請求事件について、原告の請求を棄却する判決を言い渡しました。

 栃木県真岡市在住の小学1年生の児童である故飯沼晃太君は、平成22年2月10日給食に出された白玉汁の白玉を吸い込み、窒息し、脳死状態(いわゆる植物人間状態)で3年間生き長らえたました平成25年1月意識が戻ることなくその短かすぎる人生を閉じました。


 飯沼晃太君の両親の飯沼健一さんと飯沼佳美さんが真岡市を被告として平成25年7月22日に国家賠償請求事件を提訴しました。

 小学校における給食による窒息事故に対する徹底した安全対策を講じさせ当然行われるべき予防を実現すること、不幸にも給食による窒息事故により被害が発生した場合の補償の在り方について裁判所に問うことは重要な意義があると考えています。

 判決は、白玉団子をカットしないまま汁に入れて提供した過失を認めませんでした。

 平成19年6月5日放送のNHK『おはよう日本』は白玉団子による事故について全国的に報道されて社会的知見となり、内閣府食品安全委員会平成20年5月2日「食べ物による窒息事故を防ぐために」は乳幼児高齢者の食べ物の窒息事故がおきやすいことを広く国民に呼びかけています、文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課平成20年10月1日「窒息事故に関する学校給食における食品の安全確保について」の通達が出ています。

 判決はこれらの社会的知見を無視し、窒息事故を防止するための内閣府食品安全委員会や文部科学省の呼びかけに逆行するものです。

 判決は、事故発生後にハイムリック法による救命措置を行わなかった過失を認めませんでした。

 しかし、救急医療の分野では咽頭異物による窒息への対処法はハイムリック法が常識であり、消費者庁『食べ物による子どもの窒息事故を防ぐために』や文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課平成20年10月21日事務連絡『学校給食のパンの窒息事故の発生について』、そして本件の地元である芳賀地区広域行政事務組合消防本部の『応急手当テキスト』はハイムリック法をすると明記しています。

 本判決は学校における窒息事故の再発防止に逆行するものです。
 
 私たちは、社会規範として将来も有効かつ役立つ判決,学校における窒息事故の再発防止の世論を後押しするような正義の判決を得るために取り組みを進めます。

以上
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判決を迎えて

平成29年2月2日

飯沼健一

 今日判決を迎えました。

 わたしは、はこのもり保育園の事故再発を聞いて、晃太の事故の教訓が生かされていなかったことが残念で、この裁判を起こしました。
 
晃太は学校が大好きで休まず行っていました。

 2年生になったら野球をやりたいと、休みの日は自分とキャッチボールやバッティングセンターに行ったりして、練習していました。
 
 事故2、3日前にも雪が降り、妹と雪だるまを作ったりして遊んでいました。
 
 事故の日も元気良く学校に行きました。
 
 前日の夜、晃太は昔あそびのリーダーだからと言って張りきっていました。
 
 お昼頃学校から電話があり、「晃太が心肺停止」と聞いて、何がなんだか理解出来ませんでした。

 すぐ、芳賀日赤病院に行き、すぐ良くなると自分も妻も思っていました。

 医師から、「今から自治医大に移動します」と言われ、医師から「2、3日がやま」と言われ、風邪もひかず学校に行っていたのに何で、なんだと現実が受け入れられませんでした。

 
何とか晃太の頑張りもあって、心拍が春頃安定し、気管切開と胃ろうの手術も乗りこえてきました。

 それから自宅介護の話しを進めて、やっと家族みんな家で過ごせることが幸せでした。
 
 介護は大変と言う人がほとんどですが、自分は大変と言うより、幸せの気持ちが強かったです。 
 
 調子がいいときは、家族みんなで公園に行ったりしていました。
 
 入院退院を繰り返し約3年後の平成25年1月14日に亡くなりました。
 
 3人目の保育料は、無料だったのに、亡くなったとたんに支払ってくださいと手紙が届きました。
 
 自分からすれば理解出来ませんでした。
 
 行政側からは介護について一切、保育料や援助の提案がありませんでした。
 
 自分から提案しても話しを受け入れてもらえず既存の制度も使えないまま、何も変わらず大変でした。
 
 第三者委員会もこちらから言って立ち上がったのですが、結果はあきれた内容でガッカリしました。

 晃太が亡くなってから、自分も妻も精神的に辛い時はありましたが、晃太の妹達がいたので、晃太の分まで頑張っていかないと言い聞かせ、今があると思います。

 晃太の部屋はそのままでランドセルも机も当時のままにしてあります。ごはんの時は、晃太の茶碗にごはんを盛り家族5人で食べます。
 
 出掛けるときは、必ず妹達が晃太の分と言って、お菓子やいろいろな物を買って仏壇に置いてくれます。

 妻は、今は子どもの部活のバレーボールの監督をしています。
 それでも、寒くなると辛い時期のことを思い出してしまい、精神が不安定になります。
 運転する時も橋やトンネルなどは動悸が激しく息苦しくなり、過呼吸になります。
 
 これから晃太の友達も高校、大学、成人と大人になっていくなか、自分は亡くなった時の晃太の姿のままで時間が止まっています。

 もしこの事故がなければ、晃太はどうしてたのかなぁといつも思います。

 
 最後に晃太の事故は命にかかわる重大なことです。
 
 救急車の要請も大幅に遅れています。
 
 それを嘘をついたり隠そうとしたりすることは、子どもの事故に対してとる態度ではありません。

 学校や教育員会には子どもの命に係わる事故には、誠意をもって対応してもらいたかったです。


以 上

事故当日の給食
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2010年2月10日(水)

・献立:ごはん 牛乳 とりからあげカレーあじ いそべあえ ●しらたまじる さけふりかけ

・血や肉になる食品:牛乳 とり肉 油あげ のり さけ
・力や体温になる食品:米 白玉だんご 油 でんぷん
・体の調子を整える食品:人参 ほうれん草 もやし 大根 ごぼう ねぎ シイタケ
・エネルギーたんぱく質Kcal/g:736 27.0